トピックス0013
2007.08.29 萩本
イソップ寓話の『北風と太陽』をご存知だろうか。以下、簡単に内容を紹介する。
北風と太陽は、どちらが旅人のコートを脱がすことができるかという競争をすることになった。
最初に北風が、風を強く吹き付けてコートを吹き飛ばそうとした。ところが、旅人はコートを押さえて抵抗したため、結局北風はコートを脱がすことができなかった。
次に太陽が、旅人に日差しを照らした。すると、その暖かさに旅人は自らコートを脱いだ。
結果的に、この勝負は太陽の勝ちとなった。
さて、常々筆者は、この物語の中にユーザビリティの本質的な考え方が含まれていると思っている。太陽のやり方は、製品のユーザインタフェースの一つの理想である。
太陽をユーザインタフェースの設計者に見立ててみよう。彼は、ある製品の機能を実現するためユーザ(=旅人)にコートを脱ぐという作業(=操作)をしてもらわなければならなかった。太陽の方法のすばらしい点は、実際には作り手側にある操作をユーザにやらせる意図があったのにもかかわらず、ユーザ自身は、作り手の意図に従ったという自覚はなく、むしろ自らの自由意志でその操作を行ったと感じることである。人間は、自らの意志で行った行為についてストレスや不満を感じることは普通はない。ストレスや不満を与えないこのユーザインタフェースは、優れていると言っていい。
北風の方は、作り手側がユーザにやって欲しいと思っている操作を強要し、結果的にユーザ側には「それをやりたくない」という気持ちを想起させてしまった。結局旅人はコートを脱がなかったが、もし仮にコートを剥ぎ取られたとしても、不満や不快感が残っただろう。このようなユーザインタフェースを使って、ユーザが楽しいはずはない。
多くの作り手と接する中で、しばしば、ユーザビリティはユーザを支配し、作り手の意のままに振舞わせるための手法だと認識をしている人に会うことがある。実際、製品がユーザを制限することは必要なので、その考え方を全面的に否定することはできない。しかし、それをいかにユーザ自身に当然のことだと感じさせるかがユーザインタフェースのワザの見せ所であることも間違いない。もっと確かなことは、ユーザは作り手に縛られるよりも、自分の意思で製品を使うことの方が明らかに幸せだということである。
作り手は太陽であるべきだ。
2007.08.29作成 2009.06.08フォーマット修正